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岡山地方裁判所 昭和56年(ワ)301号 判決

原告

金田正

被告

岡山県

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金八〇二万三四五六円とこれに対する昭和五三年五月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として別紙一及び被告の主張に対しつぎのとおり述べた。

一  標識の点につき、原告は格別道路交通法上の標識の意味内容について教育を受けたこともなく、運転免許も有していない婦人であり、道路交通法上に定められた標識と異なる手製の標識を置いても意味をなさない。

二  迂回の自歩道についても、これの利用を道路利用者に強制したり義務付けるものではない。

ガードレールの約五米下には石が散在しており、人の腰辺りの高さしかない右ガードレールを超えて河川に転落する危険性が大きく、右自歩道は安全性を十分備えていない。特に、万一赤色灯をはねとばして来た車両と自歩道を通行中の者が接触事故を起こした場合には河川へ転落する危険な結果が予想され、実際にも原告と同様に多くの人が山側を通行していた事実があり、原告のみが特異な行動をとつていたのでは決してない。

三  本件道路は自動車専用ではなく、子供も老人も身障者も通る道路であるからして、これらの諸要因を全て想定して事故防止の方策を講ずるのが当然であり、本件については、高さ二米近いバリケードを穴の周囲にはりめぐらして転落を防止し、その外側に更に土のうを置いたり、若しくはバリケードを地面におもりで固定し、更にバリケード相互を緊縛したものを設け、歩行者や自転車運転者に不安を抱かせない迂回路を設けるのが当然必要であつたことは明白である。だらんとたれたロープをおざなりに張つた位では不十分なものである。

四  抗弁につき、被告主張の労災保険からの支払については認める。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として別紙二及びつぎのとおり述べた。

一  公の営造物の設置又は管理の瑕疵とはその営造物が通常有すべき安全性を欠いていることを意味し、道路の設置管理における瑕疵の有無は、その道路の交通上通常予想される危険に対しての安全性具備の如何が問われるものである。

そしてこの安全性の判断は具体的道路の構造、設置されている場所の地理的条件並びにその利用状況のもとで、如何なる態様の事故が発生したかということとの相関関係で判断され、窮極的にはその指摘される瑕疵なるものが社会通念に従つて一般に許容されるところかどうかが問われるのである。またその管理方法も道路を平坦にし障害を除去しておくことの外、標識を設け照明灯をつけて、障害のあることを周知させることで足りる場合もあるとされている。

二(一)  本件道路は県道吉ケ原、美作線と呼ばれ、県北の人口稀薄な町村を結ぶものであり、その周辺は今尚農村地帯であつて、人の往来にしても、物資の集散にしても必ずしも多くない。交通量調査によると、歩行者、自転車、自動車等を総合し、県下全体で中位にあり、わけても県南の幹線国道などと比較すると約五分の一以下に過ぎない。

(二)  本件工事は前後二週間で終るものであるが、その工事中は担当職員が毎日必ず二〇分ないし三〇分間は巡視に赴き、本件については特にその掘削場所をバリケードで囲み、赤色灯を置き、杭を打つてロープで結ぶよう指示しているし、夜間にも確認していた。

(三)  右指導を受け、訴外第二建設及び尾高建設は標示等の右措置を講じていた。

即ち原告の進行順序に従い列記すると、「片側通行」「落石防止工事中」「一〇〇米先工事中」「道路工事中」「通行止」の標識があり、また仮設の横断歩道の標識や臨時の片側通行信号機、更に河川岸沿いに百数十米の間、延数十本に及ぶ赤色灯の列などが目に入る筈である。掘削場所正面には「道路工事中」の標識とバリケード三ケ、赤色灯四ないし五本が置かれ、これらはロープで緊縛されていた。又掘削された穴の反対側に向け、これを取り囲むようにバリケード一ないし二ケ、赤色灯六ないし七本が設けられ、特にその奥には巨大な建設機械が置かれていて、直進できないことは容易に看取できる状況にあつた。

三  原告は毎日のように本件場所を通勤のため往復し、工事が進められていることを事前に了知し、同所の近くを通行する際には相応の注意を払うべきことも十分分つていた。

原告は付替自歩道が設けられているのにこれを避け、車道の中央付近を夜間に自転車に乗つたまま進行し、本件場所で対行する車の照明に眩惑され、なお自転車を降りることなく左折して歩道に寄つたというのであるから到底無暴のそしりを免かれない。

四  ロープについては地元の父兄から学童通学路にあたり、その安全確保に対する強い要請もあつて、尾高建設の関係者は同種の他の工事の場合以上に細心の配慮をなし、一日の作業終了後はロープを必ず緊縛して帰宅していた。右ロープは赤色灯と共に標示のための役目を負うもので、強い外力までも防護するものではない。

なお当夜は消防職員が原告を救出する作業に引続き、警察官による捜査手続も行われており、この間バリケード、赤色灯も若干移動させられ、右状況が写真に撮影されているものである。

五  (抗弁)

原告は労災保険より左の給付があり、本件損害金の填補を受けた。

休業給付、特別支給金 一七三万六九八円

障害等級一一級による障害一時金、同特別支給金 一三三万三五四四円

証拠関係は本件記録中の書証、証人等目録の記載を引用する。

理由

一  原告主張の日時、場所において原告が自転車で本件県道を進行中、工事中の穴に転落したこと(以下右工事箇所を本件現場という)、被告が右道路管理者であること、穴の周囲にポールを立て、ロープでつなぎ、灯火を点滅させていたことは当事者間に争いがない。

二  そこで以下右道路管理の瑕疵の有無について検討する。

前記争いない事実に、成立に争いない甲第一号証の一ないし一五、乙第一号証の一五、第二号証の一、二、第三号証、原本の存在、成立に争いのない乙第六号証の一ないし四、撮影物件については争いなく、証人石尾嘉規の証言により、その主張の日時に撮影された写真と認められる乙第一号証の一ないし一四、及び証人安藤梅男、石尾嘉規、森本るり子、山下鉄生の各証言、原告本人尋問の結果を総合するとつぎの事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(一)  本件県道は幅員約七米、本件現場の南方湯郷方向は西側に山が迫まり、東側は梶並川に沿い、右山際に歩道が設けられている。当時右現場では被告より発注を受け、訴外尾高建設が右県道地下を横断する農業用水排水管の付替工事中であり、同時に右付近で行われていた訴外第二建設の山側浮石の整理工事を合わせ、右危険防止のためいずれも右工事仕様書に基づき、山側歩道につき、本件現場の南側約一〇〇米及び北側約二〇米の間の約一二〇米を通行止とし、右迂回路として、右道路の南行車線につき、右区間の東側川沿いから、前記歩道の幅に見合う二米幅の所に、頭部に赤色灯を付けた鉄製ポールを約三米間隔に打込み、これを黒、黄縞模様のロープで上、下二列に結んで囲い付替歩道とした。そして右両端には右付替歩道へわたる横断歩道が設けられ、本件現場では、右道路の西側二分の一、北行車線につき、右車の通行を止めて、これを横断する深さ約二・五米、幅約二・五米を掘削工事中であるため、車両の通行については右区間を片側通行とし、右掲示がなされ、臨時の信号機が設置されていた。

(二)  右工事に対する防護施設としては、当夜の原告の進行順序に従うと、南側まず本件現場の約一〇〇米南の山際歩道上に鉄製バリケードを置き、これに通行止及び迂回路を示す矢印の記載のある掲示板を立てかけ、右手前歩道上にも道路工事中の掲示板が設けられていた。更に進むと、右通行止の歩道の車道側に前記赤褐色の鉄製バリケードを連らね、これを黒、黄縞模様のロープで結んで注意を惹き、更に本件現場の南約四〇米の右歩道上に三枚の道路工事中の掲示板が北及び南を向き右通行を遮るように設けられていた。

本件現場工事個所については、右掘削場所の周囲に赤色灯七ケ位を置き(うち車道中央側二本位は鉄製ポール打込み)、鉄製バリケード三ケ位と共に、前記同様のロープで結び、その終端は歩道側のガードレールに固定し(なお作業中は必要に応じこれを移動または一時取除ける場合もある。)、山際歩道については右工事個所の両端に前記ガードレールの取り外したものとを固定して通行を遮断していた。なお右歩道の通行止区間の北端側にも前記同様のバリケード及び通行止の標示並びに道路工事中の掲示板が設けられていた。

(三)  本件事故当日も作業員らは作業終了により、本件現場の前記掘削個所の周囲に、前記のとおり赤色灯七本位と、バリケード三個位を置き、これにロープを結び、更に南側の右ロープの外に立看板二個を、また北側ロープ内にはシヨベルカーを右通行を遮ぎるように横向きに置き、赤色灯に点灯して帰つた。従つて川沿いには三米おきに連続して赤色灯が点灯され、工事中であることと付替歩道の存在を、また本件現場の周囲も右赤色灯により、夜間でも右交通の障害があることは容易に識別できる状態であつた。

(四)  原告は右道路を通勤に利用し、右工事中であることを承知していたが、当夜も北へ向け自転車で帰宅途中右車道を通行し、前方本件現場の赤色灯をみて、これを避けるべく、道路中央寄りに進行した。折から原告は前方から対向して来るダンプカーの前照灯に照らされたため、既に本件現場を通過したものと錯覚し、右車両を避けるべく、ハンドルを左へ切つて歩道へ上る積りで進行した。しかるに右位置は本件現場の直前であつたため、原告は本件掘削個所の右端付近に(中央線寄り)、恐らくはロープには遊びがあり、道路中央線側ではロープと掘削個所とは極く近くに接しているところから、その下をかいくぐる状態で、自転車と共に転落し、負傷した。

三  国家賠償法二条一項にいう道路その他の公の営造物の管理の瑕疵とは、営造物の維持、修理、保管につき通常有すべき安全性を欠いていることを言い、かつ当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的にこれを判断すべきものとされる(最判昭和四五年八月二〇日、同五三年七月四日外参照)。

これを本件についてみるに証人石尾嘉規の証言及び右により成立が認められる乙第五号証の一、二並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件道路は県北の、交通量も県内中位の道路で、原告訴訟代理人が対照される倉敷市内国道(甲第三号証の一ないし六)に比し、その交通量は五分の一以下に過ぎないこと、特に夜間の車両の通行は減少すること(前記事実によれば、原告の通行当時、本件現場付近では偶々対向してきた車両以外、他の車両の通行はなかつた事情が伺われる。)、本件工事も本件事故当日の三日前に始まり、工事期間約二週間の短期かつ小規模のものであることが認められる。

従つて右道路事情等に則して考えれば、前記認定の本件付替歩道には不完全な点はなく(幅員は二米の余裕があるから、原告主張の川沿いが車両用ガードレールのままであつても、右安全性を欠くとまでは言えない。)、また本件現場についても赤色灯、バリケード及びロープで囲い、その外側に立看板二個及び北側ロープ内にはシヨベルカーを置き、本件工事個所を標示する方法は十分講じられていたものである(ロープは右標示用のものであるから、あえてこれを破つて来るものに抗し得ることまで求められるものではなく、ましてや本件工事個所につき原告主張のような大規模な防禦施設が要求されるものではない。)。そして原告は本件現場の赤色灯を認め、一旦はこれを回避すべく進行しながら、対向車の前照灯に眩惑され、本件現場を既に通過したものと錯覚し、左方に対する注意を怠つて進行した過失により本件事故を惹起したものであり、いずれにしても本件道路については通常有すべき安全性を欠いていたものとはなし難い。

四  従つて本件道路管理の瑕疵はこれを認め得ないので、原告の本訴請求はその余の点に触れるまでもなく理由がないものとして棄却すべく、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川鍋正隆)

別紙一 請求の原因

一 本件事故の発生

原告は、昭和五三年五月一九日午後一一時頃、岡山県英田郡美作町入田二二九番地先県道(吉ケ原、美作線、以下本件県道という)を勤務先の旅館から帰途、自転車で道路左側を走行中、同県道の深さ約二メートル五〇センチメートルの穴に墜落した。

二 傷害の程度

1 右事故により、原告は、左大腿骨骨幹部並びに左大腿骨頸部骨折、左大腿挫傷、右前胸部挫傷、両手掌頸部左膝部挫傷並びに擦過創、左手関節部種子骨皸裂骨折の傷害を受けた。

2 原告は、昭和五三年五月二〇日から同五四年二月二七日まで同年六月一六日から同月二五日まで岡山県英田郡美作町明美五五〇―一所在田尻病院に入院し、その後現在まで通院加療中である。

三 被告の責任

本件事故は、訴外尾高建設が施工中の県道道路工事に伴なう穴に転落したことによつて、発生したものであるが、被告は右道路の監理責任及び工事の監理責任を有するところ、右の穴については、ポールをたてて、灯火の点滅はあつたもののポールとポールの間をつなぐロープは、たれ下つたままで緊縛してなく、灯火の照明は暗かつたし、右の穴は、約三坪(六畳間)位の大きさで、しかも、道路左側から道路のほぼ中央付近まで占めていたから、本件県道を管理する被告としては、通行人もしくは、車両等が右穴付近ですれちがうことも当然考えられるのであるから、交通弱者のために、自らもしくは、工事業者に指示して、安全な臨時の迂回路を設置したり、転落防止のために、強固かつ、相当の高さを有するバリケードを設置すべき注意義務があるのに、これを怠たり、その結果本件事故は発生したのであるから、道路の管理にかしがあり、被告の責任は明らかである。

四 原告の損害

1 休業損害 金三九一万円

原告は、本件事故により、昭和五三年五月二〇日から同五五年七月一〇日すぎまで勤務先である旅館神戸館を休業したが休業日数は七八二日であり、原告の右期間の平均日給は、金五、〇〇〇円であるから、休業損害は計金三九一万円である。

2 付添費 金五一万円

昭和五三年五月二〇日から同年一一月五日のトイレが何とか一人でできるまで計一七〇日間母親が付添つたが右付添費は一日金三、〇〇〇円を相当とするので、損害は金五一万円である。

3 入院中の雑費 金一四万七、〇〇〇円

昭和五三年五月二〇日から同五四年二月二七日まで二八四日同五四年六月一六日から同月二五日までの一〇日計二九四日入院したが、その間の入院雑費は、一日当り金五〇〇円を相当とし、計金一四万七、〇〇〇円となる。

4 物的損害 金二万円

原告の使用していた自転車は、大破損したがこれの損害である。

5 入通院慰謝料 金二五〇万円

原告は、現在も左大腿部・左膝部の疼痛に悩み通院中であるが、本件事故による入通院慰謝料は、金二五〇万円をもつて相当とすべきである。

6 後遺症による慰謝料 金一五七万円

原告は、現在も前記のとおり通院中であるが、本件事故による後遺障害は、自賠責による第一二級に相当し、よつて後遺障害による慰謝料は、金一五七万円を下廻ることはない。

五 損害の填補 金一三三万三、五四四円

原告は、労働者災害補償保険から昭和五四年九月二〇日金一三三万三、五四四円の支払いを受けた。したがつて、第四項の損害合計金八六五万七、〇〇〇円からこれを差し引くと金七三二万三、四五六円となる。

六 弁護士費用 金七〇万円

原告は、被告に対し、任意に損害の支払をするよう求めたが拒絶されたので、やむなく、原告代理人に委任して、本件訴訟を提起したが、同人との間で弁護士費用を金七〇万円支払うとの約束をした。これは、本件事故と因果関係ある損害である。

七 よつて、原告は被告に対し、合計金八〇二万三、四五六円及びこれに対する不法行為の翌日である昭和五三年五月二〇日から支払済みまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

以上

別紙二

一 請求原因に対する答弁

第一項、原告が主張の日時に挙示の県道を自転車で進行中、工事中の穴に転落したことは認める。

前記の穴については後で触れるが、掘さくした深さは約二、五米位であつても、原告が転落した当日は、既に外径約八二糎のヒユーム管を伏設していたので、原告は地表から約一、七米位の深さに該る、ヒユーム管の上部表面に墜落したのであつた。

第二項、1、2とも詳細にわたつては知らない。(田尻病院の所在地は明見五五〇番地の一である。)

第三項、当時被告は訴外尾高建設こと尾高富夫に対し本件工事を発注し、原告は同訴外人が請負い施工中であつた本件の穴に転落したものであること、被告は道路管理者として、主張の県道について管理責任を負うものであること、ならびに請負契約の注文主として、請負人たる訴外尾高に対し目的物の給付を受けるに必要な管理を行うものであること、穴の周囲にポール(標柱)を立て、赤色点滅灯を用意し、ロープを張つていたこと、穴の大きさは幅約二、七米、延長約八米前後のものであつたこと、その位置は道路の左端から車道の中心附近に及ぶものであつたこと、以上の各事実は認める。その余の主張は争う。

第四項、1、2、3、4、5、6、いずれも不知。

第五項、不知。

第六項、因果関係を争い、金額も知らない。

第七項、争う。

二 被告の主張

1 本件工事の概要

原告主張の県道(吉ケ原、美作線)の事故発生場所附近では県道の左側に道路に沿つて北から南に通じる湯郷用水と呼ばれる用水路があり、その流量の一部を道路右側の吉野川へ放流するため、従前から道路の地下を横断し、道路の左端から右側にわたり約十五米の間、放水管が埋設されていた。

本件工事はその放水量の増量を図るため、口径のより大きいヒユーム管を埋設しようとしたものであり、さきにも述べたとおり被告は訴外尾高富夫にこれを発注し、同訴外人は昭和五三年五月中旬から着工していた。

同訴外人は右工事を交通量の少からぬ道路内で、日夜とも交通を止めないまま施工しなければならないところから、道路全幅を左右で二分し、当初左半分を施工してほぼその工事が終つた後に右半分を施工することとしていた。

本件の穴は前記左半分の工事のため掘さくしていたものである。

工事の手順は先づ既述のとおり幅約二、七米、延長約八米余、深さ約二、五米の穴を掘り、その底にコンクリートを打ち次いで外径約八二糎のヒユーム管を降ろして伏設し、あとは埋戻しをして路面を原状に復旧する順序であつた。

2 附近の道路の状況

本件県道の当該場所附近は右側が吉野川の河岸沿いになつており、左側は事故発生地点のあたりから南に向け道路左端で山の斜面と接している。

道路の左側には歩道(ただし自転車の通行が許されている。以下自歩道という)が設けられているが、右側には自歩道はなく、前記自歩道以外は総て車道となつている。

被告は訴外尾高に対して本件の工事を発注するのと相前後して、前記道路左側の山腹斜面の浮石を対象とした、別の災害防除工事を他の建設業者に発注していたが、これら両工事はいずれも本件場所附近の自歩道を通行する人や、車道を通行する車両に対し危険の発生が予測されたので、被告は建設業者両名に対して予め次に述べる標示施設、防護施設等の設置ならびにその管理を指導し、業者両名も被告の指導に従う設置、管理に万全を期していた。

3 標示施設等の設置について

イ 本件場所の南方約一〇〇米附近の自歩道上に「通行止」の標識ならびにバリケードを設けて、同所から北方へ向う者に対し自歩道内の進入を禁止した。

右地点より道路を横断して道路右端に通じる仮設横断自歩道を設け、その標示をした。

そして道路の右側の路端に沿う車道上に、同所より北方約一二〇米までの間、幅員二米位の仮設付替自歩道を設けた。この仮設付替自歩道の左側沿いには、約三米間隔で標柱を立ててロープで連結し、標柱の先端には赤色の夜光塗料を装着するとともに、各標柱に赤色電灯を吊り下げ、夜間はこれに通電して照明をさせた。

従つて原告のように本件道路を南から北へ向けて進行して来た者は、先ず事故発生場所の南方約一〇〇米の地点で、同所から北方に向う自歩道には進入できないことを知り得るし、その代わりに同所から道路を右側へ横断する仮設横断自歩道が設けられていたり、道路の右側には北方へ向けて約一二〇米の間仮設の付替自歩道が設けられていることは夜間といえども一目瞭然に理解できた筈のものであつた。

ロ 又掘さく場所附近には目のつき易い箇所に所要の標示板を立てかけて、これに接近する人車に対し注意を呼びかけた。

さらに穴の周囲にはこれを囲むように数ケのバリケードを立て、同じく穴を取り囲むように十本前後の赤色点滅灯つき標柱を立て、これらの施設をロープで連結した。

従つて仮りに夜間、前記進入禁止の標識を犯して道路左側の自歩道上を北に向つて進入した者や、車道上を進行して本件掘さく場所に接近した者があつても、前記赤色点滅灯によつて容易に危険を察知できたし、さらにバリケードやロープによつてその内部への立入が許されないものであることは、小児でも判断できる状態にあつた。

4 原告はその自宅と勤務先との間を通勤するにあたり、毎日のように本件工事現場の県道を通行していたので、工事の概況は予めよく知つていた。

要するに被告が負う道路管理上の義務には聊さかも瑕疵はなく、原告の本訴請求は原告の一方的過失による自損事故と認められるべきであつて、到底棄却を免れないものである。

以上

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